
低いレベルの認識が高いレベルの認識よりも劣っているわけではない。
たとえば、高次元的にいえば時間は存在していないかもしれないし、すべての時間が同時に存在しているといういい方もできるかもしれないけど、三次元に生きる人間からすると時間は確かに存在して流れている。
時間の流れの中でしか認識できないこともあるし、生まれて成長して歳を取っていく過程でしか学び得ないこともある。
高次から達観して眺めているだけでは何も得られないということだ。
人は愚かであっても価値があり、生きることには意味がある。
地を這いつくばってしか見えない世界もあるのだ。

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