
人それぞれ背負っているものは違えど、何かしら背負っているという点では同じだ。
気楽な独り身であっても背負っているものはある。
何もない人間や途中で降ろした人もいるだろうけど、だからといって気楽に生きているわけではない。
夏目漱石の『吾輩は猫である』に出てきた一文がずっと心に残っている。
「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」
”悲しい音”と表現したのはさすが夏目漱石で、そう、やっぱりそれは悲しげなものだ。
つらいとか、重いとかではなく。
道行く人々や電車に乗り合わせた人たちも皆、何かしら背負っていると思えば自分の荷も少しは軽く感じられるだろう。
それが目には見えないというのは自分も皆も同じだ。

コメント