
熱田周辺ぶらぶら散策&参拝の後編です。
園通寺から加藤図書助屋敷跡を経て、次にやってきたのは七里の渡し跡(地図)。
現在はちょっとした公園として整備されて、観光名所にもなっている。
地理的にいうと、東からの新堀川と西からの堀川の合流点になっているのだけど、かつてはここに熱田湊があり、すぐ西と南は海だった。
今となってはちょっと信じられないのだけど、ここから桑名湊までの海路はほぼ直線だった。
満潮時と干潮時では少し航路が違って、だいたい4時間から6時間くらいだったという。
江戸時代に入ってから熱田の西は干拓によって陸地化が進み、明治になるとその先が埋め立てられて名古屋港が作られた。
現在の港区全域が江戸時代以前は海だったと聞くと名古屋の人間でも驚くと思う。

たまたまお祭りの日だったようで、このときは準備中だった。
全然知らなくて人が集まっていてのでちょっとびっくりした。


まきわら船も浮かべられていたから、夜には提灯に明かりが灯されて川をいくのだろう。
まきわら船というと津島市の天王祭がよく知られている。



大瀬子を通って北上し、続いて訪れたのは青衾神社(地図)だった。
ここは友人たちに紹介したかった。
熱田の中でもマイナーな神社だから訪れる人は少ない。

次は白鳥3丁目の秋葉社(地図)へ。
ここのお目当ては秋葉社の隣の地蔵蔵で、これが立派なので見て欲しかった。
小さな地蔵堂に納めておくのはもったいないくらいいい地蔵蔵なのだ。
空海作という伝承もあるくらいで、実際は鎌倉期のものではないかといわれている。
この後、松后社(地図)も行っているのだけど、写真を撮ってなかった。
なんで忘れたんだろう。

帰り道の途中だったので新宮坂神社(地図)にも立ち寄った。
熱田神宮のすぐ外にあるのだけど、関係性は不明で、祭神もよく分からない。

加藤清正に関する何らかの石碑。

今回の熱田散策はここまで。
熱田神宮抜きでも熱田周辺は楽しめるところがいろいろあるので、熱田神宮へ行った際は、ちょっとそのへんを歩き回ってみてください。

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