
良い行いも悪い行いも、後々必ず報いを受けるという考え方は、正しい正しくない以前に、健全なのかどうかが気になる。
それはある種の慰めではある。
悪事を働いた人間を見てあいつは必ず罰を受けるだろうと思ったり、自分の善行に対して何かしら見返りを求めてしまうのは人情だ。
それはシステムなのか、あるいは感情論の類いなのか。
因果応報はどこまで機能しているのだろう。
逆に、もし何一つ報われることはないのだとしたら、私たちは何を頼りに行動すればいいのか。
まったくの無秩序の中では行動の指針は決められない。
要するに私たちは報われることを信じるしかないのだ。
それがまやかしの考えで、ついに報われることがないまま終わったとしても。

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