季節の花風景 5月の頃 2025 6/09 季節の風景 2025年6月9日 最近出歩く中で撮りためた季節の花風景をお届けします。 タチアオイ(かな)。 キク科の園芸種。 栗の花。 知らない。 キンシバイだと思う。 アジサイ。 品種名までは分からない。 アジサイっぽいけどアジサイじゃないかも。 ヤマボウシだったかな。 見覚えがあるようなないような。 季節の風景 よかったらシェアしてね! URLをコピーしました! URLをコピーしました! コメント コメント一覧 (6件) こんにちは。日進市編、楽しんで拝見しております。 米野木で思いついたこととして、『尾張国内神名帳』の山田郡「夜檐天神」(よのき)がありますね。「米」は古くは「よね」と読むことが多かったらしいので、ひょっすると米野木は夜檐の転かもしれません。 あくまでも仮説ですが… kk 返信 >kkさん 夜檐天神が米野木と関係してるって、メチャクチャ面白い発想ですね。 まったく思いつかなかったです。 夜檐の”ヨノキ”と米木の”ヨネキ”のどっちが先かというのはあるけど、どちらがどちらに転じるのも可能性がありますよね。 米之木の”ヨネノキ”が米野木で”コメノキ”になったというのも充分あり得る。 夜檐天神に関する情報がほとんどないのは、誰もこの考察をしなかったためというのもあるかもしれないですね。 日進地区には延喜式内社かそれに準じる神社が一つはあるはずと思っているから、夜檐天神というのは魅力的な説です。 返信 オオタ様 ご返信いただきありがとうございます。夜檐天神についてはおそらく江戸時代から誰も言及してこなかったと思われるので、一助になれば幸いです。 kk 返信 >kkさん こちらこそありがとうございます。 kkさんの知識と発想は私にないものなので、いつも刺激をいただいてます。 引き続きよろしくお願いします。 返信 オオタ様、ご返信ありがとうございます。 この仮説が正しいとすれば、 米野木神明社の旧地にあった榎宮という祠もひょっとしたら「よのき」が転じて「えのき」になったのかもしれないですね。 名古屋市中川区の榎津は今でも「”よのき”づ」と読まれていますね。 kk >kkさん コメントありがとうございます。 米野木の榎宮が夜檐かもという推測はざわっとしました。 中川区の榎津が”よのき”というのは知らなかったけど、榎宮が”よのきのみや”と呼ばれていたとすると、夜檐の元社はあり得る話だと思います。 これは夜檐神社を探り当てたかもしれないですね。 kk へ返信する コメントをキャンセルコメント ※ 名前 ※ メール ※ サイト 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。 email confirm* post date* 日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)
こんにちは。日進市編、楽しんで拝見しております。 米野木で思いついたこととして、『尾張国内神名帳』の山田郡「夜檐天神」(よのき)がありますね。「米」は古くは「よね」と読むことが多かったらしいので、ひょっすると米野木は夜檐の転かもしれません。 あくまでも仮説ですが… kk 返信
>kkさん 夜檐天神が米野木と関係してるって、メチャクチャ面白い発想ですね。 まったく思いつかなかったです。 夜檐の”ヨノキ”と米木の”ヨネキ”のどっちが先かというのはあるけど、どちらがどちらに転じるのも可能性がありますよね。 米之木の”ヨネノキ”が米野木で”コメノキ”になったというのも充分あり得る。 夜檐天神に関する情報がほとんどないのは、誰もこの考察をしなかったためというのもあるかもしれないですね。 日進地区には延喜式内社かそれに準じる神社が一つはあるはずと思っているから、夜檐天神というのは魅力的な説です。 返信
オオタ様、ご返信ありがとうございます。 この仮説が正しいとすれば、 米野木神明社の旧地にあった榎宮という祠もひょっとしたら「よのき」が転じて「えのき」になったのかもしれないですね。 名古屋市中川区の榎津は今でも「”よのき”づ」と読まれていますね。 kk
>kkさん コメントありがとうございます。 米野木の榎宮が夜檐かもという推測はざわっとしました。 中川区の榎津が”よのき”というのは知らなかったけど、榎宮が”よのきのみや”と呼ばれていたとすると、夜檐の元社はあり得る話だと思います。 これは夜檐神社を探り当てたかもしれないですね。
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こんにちは。日進市編、楽しんで拝見しております。
米野木で思いついたこととして、『尾張国内神名帳』の山田郡「夜檐天神」(よのき)がありますね。「米」は古くは「よね」と読むことが多かったらしいので、ひょっすると米野木は夜檐の転かもしれません。
あくまでも仮説ですが…
kk
>kkさん
夜檐天神が米野木と関係してるって、メチャクチャ面白い発想ですね。
まったく思いつかなかったです。
夜檐の”ヨノキ”と米木の”ヨネキ”のどっちが先かというのはあるけど、どちらがどちらに転じるのも可能性がありますよね。
米之木の”ヨネノキ”が米野木で”コメノキ”になったというのも充分あり得る。
夜檐天神に関する情報がほとんどないのは、誰もこの考察をしなかったためというのもあるかもしれないですね。
日進地区には延喜式内社かそれに準じる神社が一つはあるはずと思っているから、夜檐天神というのは魅力的な説です。
オオタ様
ご返信いただきありがとうございます。夜檐天神についてはおそらく江戸時代から誰も言及してこなかったと思われるので、一助になれば幸いです。
kk
>kkさん
こちらこそありがとうございます。
kkさんの知識と発想は私にないものなので、いつも刺激をいただいてます。
引き続きよろしくお願いします。
オオタ様、ご返信ありがとうございます。
この仮説が正しいとすれば、
米野木神明社の旧地にあった榎宮という祠もひょっとしたら「よのき」が転じて「えのき」になったのかもしれないですね。 名古屋市中川区の榎津は今でも「”よのき”づ」と読まれていますね。
kk
>kkさん
コメントありがとうございます。
米野木の榎宮が夜檐かもという推測はざわっとしました。
中川区の榎津が”よのき”というのは知らなかったけど、榎宮が”よのきのみや”と呼ばれていたとすると、夜檐の元社はあり得る話だと思います。
これは夜檐神社を探り当てたかもしれないですね。