
知多神社巡りで最初に訪れたのは知多郡美浜町にある野間神社(地図)だった。
知多の美浜で野間というと源頼朝・義経の父親の義朝が殺された野間大坊(鶴林山無量寿院大御堂寺)がよく知られていて、野間神社は知名度が低い。
しかし、せっかく知多まで行くならこの野間神社に行きたいと、私のリクエストで実現させてもらった。
この神社にまつわる裏伝承を聞かされていたからだ。

海からは少し離れていることもあって海感はなく、森に囲まれている。
少し階段を登った高台に鎮座する。

表向きこの神社は天神を装っている。
神紋は梅鉢紋のようだし、拝殿の左右には紅白の梅が植えられている。
しかし、祭神は菅原道真ではなく、宇麻志麻遲命(ウマシマジ)となっている。
裏伝承というのは、天香語山(アメノカゴヤマ)こと若彦が殺されてバラバラにされ、そのうちここ野間神社に手が埋められているというものだ。
そんなの聞いたことがないという人が大部分だろうけど、そういう話を聞いている。
その若彦を殺したのが宇麻志麻遲というのだ。
しかも、この神社の祭礼を神武祭という。
これはちょっとなかなかのものだ。
意味深というより裏話が表に漏れ出している。
事情を知らなければ、へえーという反応で終わってしまうのだけど、事情を聞いているとなんとも言い様がない複雑な気持ちになる。

鳥居は明神鳥居ではなく神明鳥居だ。
これも意図を感じさせる。
神代の鳥居は明神鳥居で、人の代の鳥居は神明鳥居と聞いている。

拝殿の横を通って裏に回ると本殿があり、本殿の裏までぐるっと周回することができる。
例のものが埋まっているとすればここだろう。
非常におどろおどろしい空気を感じて怖くなって逃げ出した。あんなところは長居できないし、裏まで行ったことを少し悔やんだ。
話を聞いてなければ何も感じなかったかもしれないけど、それにしても怖すぎた。
この写真を見るだけで気持ちがザワザワする。
それでも、実際に現地に行かなければ分からないことなので、行ってよかったと思った。

薄れて読めない由緒書。
創建は奈良時代中期の天平宝字(757-765年)というけど、実際はもっとずっと古いのではないか。
神社としての始まりはこのときだったかもしれないけど。
宇麻志摩治命十三世の物部金連・野間連の祖を祀るという話もあるようだけど、尾張の物部が関わっているのはおそらくそうだろう。
詳しくは名古屋神社ガイドの市外編でやれたらやりたい。


この後、つぶて浦へ行き、昼食を挟んで入見神社へ行った。
【アクセス】
名鉄知多新線「上野間駅」より徒歩約10分
【駐車場】
スペースあり
入見神社編につづく
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