責任の小ささ

 一個人として考えると、この世界に対してそれなりに責任があるように思える。
 少なくとも、まったく無責任に好き勝手やっていいわけではない。
 ただ、単位を広げていくと、一個人としての価値や責任は相対的に小さくなっていく。

 日本人としての自分、人類全体としての自分、ホモサピエンスとしての自分、宇宙人としての自分といったように、単位が大きくなればなるほど自分は小さくなる。
 自分という存在はこの世界を構成する一要素でしかないと考えれば、自分などいてもいなくても何の違いもないということになり、最終的には限りなく無に近づく。
 絶対的な無ではなくても相対的には無に等しい。

 けれど、0コンマ1の0がどれだけ増えても、0になることはない。
 そこに何を見いだすか。
 ほとんど無だから無同然と思うか、無ではないから有とするか。
 どこまでいっても責任から逃れられないことを重荷と感じるか救いととるかは人それぞれだ。
 その両方でもある。

 私個人としては、そんなに重たく感じる必要はないと思っていて、ほとんど無同然なんだから自分の小さな世界の中でやれることをやればいいんじゃないかくらいに考えている。
 当たり前だけど、自分なんていなくても世界は何も困らない。
 自分が背負える責任なんて、自分が思うよりもずっと小さなものだとも。


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