静岡遠征<その4>~矢奈比賣神社(見付天神)編

 静岡遠征で最後に訪れたのは磐田市の矢奈比賣神社(地図)だった。
 しかし、着いてみると見付天神とあり、戸惑った。あれ? 間違ったところに来てしまったか? と。
 犬を散歩していた地元の方がいたので少し話をうかがうと、いろいろな神社があって、奥には犬の神社もあるという。
 それでますます混乱することになるのだけど、その混乱は帰ってきて調べてようやくどういうことか理解できたのだった。

 訪れたのは矢奈比賣神社で間違いない。
 同時に見付天神でもある。
 どういうことかというと、まず『延喜式』神名帳(927年)に載る矢奈比賣神社があり、後に天神を祀ったことから見附の天神と呼ばれるようになったという流れだ。
 おそらく地元では見付天神と呼ばれることが多いのだろうと想像する。

 もう少し詳しく書くと、『続日本後紀』(869年)の承和7年(840年)6月の記事に従五位下の神階が授けられたとあることから、遅くとも平安時代までにはすでにあったということになる。
 どこまで遡れるかはなんともいえないのだけど、奈良時代、あるいは飛鳥時代あたりだろうか。創建以前の創祀ということになると、弥生や縄文まで遡る可能性もある。
 祭神の矢奈比売大神についてはよく分からない。地元の有力者なのか、他の名前で知られる人物(神)の別名なのか。
 比売というからには女性で、女性とすることに何らかの根拠があるに違いない。

 天神と呼ばれるようになるのは993年(正暦4年)に太宰府天満宮から菅原大神(菅原道真)を勧請して以降のことだ。
 江戸時代は近くに東海道の見附宿があったことから、見附宿の鎮守とされ、見付天神の呼び名で知られるようになっていったようだ。


 体格のいい牛像。


 神紋は桜紋と八弁の菊紋のようで、天神といいながら梅鉢紋ではない。
 そのあたりもこの神社の性格を表していて、ただの天神、天満宮ではないということだ。


 本殿裏手に秘石の兎石(うさぎいし)があるというので見にいってみた。
 以前は淡海國玉神社末社の天御子神社にあったものを平成にここに移したらしい。
 何故、秘石とされているのかは分からない。
 兎っぽく見えないこともないけど、もっと別の意味で兎と呼ばれているのかもしれない。
 手前の台は何か意味ありげだけど、前に撮られた写真を見ると、ここに小さな賽銭箱が置かれていたようだ。
 持っていかれてしまったのか、撤去したのか。


 絵馬には桜と犬が描かれている。
 地元の方がいっていた犬の神社についてはまったく予備知識がなくて何のことをいっているのか、このときはまだ分からなかった。


 本殿の奥をけっこう歩いた先に鳥居があり、その向こうに社があるのが見えた。
 別の神社かと思ったら、ここも境内らしい。
 額には「霊犬神社」とある。


 忠犬ではなく霊犬。
 犬を祀る神社というのはあるようでない。
 犬が神の使いとされる神社があったかどうか。
 狼も犬の仲間とするならいくつかあるけど、狛犬は犬といいながらあれは犬じゃない。


 説明板を読んである程度のことは知れた。
 もっと詳しい話がwikiに載っているので、興味があれば読んでみてください。
 悲しい歴史があったことを知る。
 それにしてもこの話はもっと裏があるような気がする。
 白羽の矢が立つ、人身御供、駒ヶ根、光前寺、狒々、しっぺい。
 悉平太郎(しっぺいたろう)の悉平は、竹篦(しっぺい)返しから来ているのかしれず、怪物とか犬に見立てた話になっているけど、人間同士の争いが元になっているように思う。
 それを矢奈比賣神社で祀っているということは、この神社も関わっているということだろう。



 入り口の鳥居横に犬の像が置かれている。
 犬の悉平太郎が今もこの神社を守っている。

 公式サイト

【アクセス】
 JR磐田駅より徒歩約55分。
 バスあり。

【駐車場】
 あり


 静岡遠征シリーズの本編はこれで終了です。
 もう一回、余った写真を載せる番外編があります。


静岡遠征<その1> ~龍尾神社編
静岡遠征<その2> ~事任八幡宮編
静岡遠征<その3>~小國神社編


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