
静岡遠征その3は、周智郡森町一宮の小國神社(地図)です。
昨日紹介した掛川市にある事任八幡宮も遠江国一宮を称しているのだけど、どちらかというと小國神社の方が遠江国一宮としては名が通っているというか一般的だ。
このように、一つの国に二つの一宮がある例は少ないながらもある。時代によって変更になった場合もあるし、隠れ一宮的な神社が一宮を主張していることもある。
あまり知られていないけど、尾張国一宮は真清田神社だけでなく大神神社も自称している。たぶんまったく根拠のないことではないのだと思う。
事任八幡宮と小國神社の場合、表の一宮が小國神社で、裏の一宮が事任八幡宮のような感じがする。
両社の違いは大きく、受ける印象もずいぶん異なっている。
小國神社は官社らしい格式を感じさせるのに対して事任八幡宮はごく庶民的だ。
しかし、この二社はどこかでつながっている。
事任八幡宮の祭神は己等乃麻知媛命(コトノマチヒメ)で、小國神社は大己貴命(オオナムチ)といっているのだけど、正確にいうとたぶんどちらも正しくない。
事任は”ことのまま明神”と呼ばれいて、小國神社も”ことのまち”などと称していたというから、もともとは同じ起源の神社なのではないか。
男女神一対だったかもしれないし、元は一つの神社が二つに分かれたのかもしれない。だから両社が一宮を称していると考えると納得がいく。
戦国時代に事任八幡宮の祭神が小國神社に遷されたことがあるという話があり、事任八幡宮は三河一宮の砥鹿神社(とがじんじゃ)に疎開していたともいわれる。
つながっているということでいうと、いろいろなつながりがあって、それが見え隠れしている感じだ。

到着したのが夕方の4時過ぎで、授与所は閉まっていた。
神社前に「ことまち横丁」というちょっとした飲食店街があって、帰り寄ろうと話していたら4時半を回って閉まっていた。ここを訪れるなら夕方前にした方がよさそうだ。
それはそうと、小國神社へ向かっている途中、体調がにわかにおかしくなるという出来事があった。
かつて三重県鈴鹿市の椿大神社へ行ったときに同じようなことが起きたことがあって、あれほど強いものではなかったのだけど、急に胸騒ぎがして胸が苦しくなった。
感情的に良いとか悪いとかではなく、体の反応なのだけど、明かな異変ではあった。
椿大神社のときもそうだったように、神社そのものではなく手前の集落に反応した感じもする。
もしくは土地に対するものだったかもしれない。
神社に着いたときも息苦しくてどうなるかと思ったのだけど、だんだん収まって、最後は何事もなかったように平常に戻った。

全体的に立派という形容が当てはまる。
ただ、すごく人の代感が強い。
これは説明が少し難しいのだけど、人間が立派に仕上げた神社といった感じとでも言おうか。
瀧原宮などは神代感が強い神社で、ある意味ではとても対照的だ。
官社というのはそういうもので、一宮ともなるとなおさらそうなりがちだ。

参道の様子は椿大神社に少し似てる気がしたけど、社殿などは全然違う。
この感じをどこかで見た気もするし、ないような気もする。
なんとなく関西っぽくもある。
尾張にはこういう感じの神社はない。
熱田神宮も、真清田神社も、国府宮神社も違う。
空気感も違う。






着いたときはわりとたくさんいた参拝者が、帰る頃には人払いされたように消えていた。
ここは夜に参拝するといい神社かもしれない。
次は静岡遠征最終回です。
つづく
【アクセス】
天竜浜名湖線「遠州一宮駅」より徒歩約60分
【駐車場】
あり

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