静岡遠征<その1> ~龍尾神社編

 静岡県掛川市にある龍尾神社(たつおじんじゃ/地図)を訪ねた。
 お仲間たちとの静岡遠征の最初に訪れたのがここだった。
 この日の主な目的地は事任八幡宮と小國神社で、それ以外にも近いところで行けるところへ行こうというざっくりした予定だった。
 静岡も神社が多いところで、その中から龍尾神社を選んだのは名前に惹かれたからだった。龍の尾とは何なのか。文字通り龍の尾っぽなのか、尾張の尾なのか。
 祀られているのが素戔嗚尊(スサノオ)と櫛稲田姫尊(クシイナダヒメ)となれば、八岐大蛇を連想せずにはいられない。
 素戔嗚尊が櫛稲田姫を救うために八岐大蛇を退治して、その尾から出てきたのが天叢雲剣こと草薙剣だったと、記紀は伝える。
 静岡西部の神社全体の印象として、国作り系の神社が多いように感じる。大国主神とか素戔嗚尊とかを祀っているところが少なくない。


 ほぼ予備知識がないまま出向いていって、思いがけず立派な神社で驚いた。
 ここはいい神社だと直感が告げる。
 パンフレットには『延喜式』神名帳(927年)に載る遠江国佐野郡真草神社という伝承があると書いてあるのだけど、実際にそうだったとしても違和感はない。それくらいの古社臭さはあるし、官社と呼ぶのにふさわしい。
 ただ、通説としては同じ掛川にある雨櫻神社が真草神社とされていて、古くは天櫻と表記したという。
 ”あめざくら”の”あめ”はやはり”天”だろうし、アメの一族が関わった神社ということだろう。そうなれば尾張の関わりが深いということになる。
 雨櫻神社も、龍尾神社も、明治以前は牛頭天王社だった。龍尾神社の神紋は木瓜紋で、これは牛頭天王社に多い(強雨との八坂神社は唐花木瓜紋)。
 愛知県津島市の津島神社がそうだし、織田信長の織田木瓜紋もそこから来ているとされる。
 牛頭天王は牛の頭であり、五の頭でもある。五は尾張を象徴する数字だ。


 二ノ鳥居のところに”おかめ”の面を描いた大きなパネルが飾られている。
 どうしておかめなのか、宮司さんに訊くのを忘れてしまった。せっかく少しお話しする機会があったのに。
 おかめというと、天鈿女(アメノウズメ)のこととされることが多い。
 ここでは櫛稲田姫をおかめになぞらえているのだろうか。


 拝殿前に色とりどりの提灯が飾られている。
 どういういわれがあるのかは分からないけど、境内が華やいでいるのは確かだ。


 階段を登って参拝しているときに少し違和感があった。
 あれ? これってどっちを向いてるんだ? と。
 地図を調べたら社殿が西を向いている。だから違和感があったのか。
 大多数の神社は南向きで、稀に東向きがあるのだけど、西向きはごく少ない。
 遷座後の住宅事情で西向きになる例はあるけど、古来から西向きというところはほとんどない。
 龍尾神社に遷座の話はないし、地形的に西向きにしか建てられなかったわけでもない。
 何か明確な理由があって西向きに建てたのだろう。
 地図上で西と東に線を延ばしていってもこれといったものは見当たらない。津島神社も方向が違う。
 掛川城の北東に位置することから、鬼門の守り神とされたようだけど、社殿としてはあさっての方を向いている。
 西向きに建てた理由はちょっと思いつかない。



 本殿前に置かれた龍の彫刻は新しいもののようだ。


 額には龍尾山と書かれている。
 神仏習合時代に龍尾山牛頭天王と呼ばれていた頃の名残だ。



 拝殿も本殿も立派だ。
 遠江国の古代における地位というか位置づけがよく分からないのだけど、立派な古社が多いような気がする。


 境内社の大己貴神社と、樅ノ木神社。
 境内社というには立派すぎるくらいだから、独立してあった神社を他から移してきたものかもしれない。

 龍尾神社についてはほとんど何も知らずに行ったので、思いがけない収穫となった。
 地方へ行くとときどきこういう出会いがある。
 個人的な感想というか印象としては、すごく静かな神社というものだった。
 気が落ち着いていてきれいに鎮まっている。ざわついていない。
 こういう整った気の中に身を置くと自分の心も静まる。
 静岡遠征は幸先のいいスタートとなった。

 つづく。


【アクセス】
 JR東海道本線「掛川駅」より徒歩約34分

【駐車場】
 あり

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